自然良能会 足利支部 オザワ骨盤整体院
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体験談

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患者さんから寄せられた貴重な手記です

足の異常ばかりかアトピー性皮膚炎や喘息まで快癒した −
精神的にも落ち込んだ中学時代−

患者さんの治療体験報告・・・
『母娘共に「治す」ことに熱心だった!』
         

群馬県伊勢崎市 新川 智子さん(仮名・高校2年生)

わたしの足の異常に最初に気がついたのは母だった。それは4歳で行きだした幼稚園のかけっこの時に、わたしがバランスをとるため、手を泳ぐようにして駆けていたというのだ。 歩き方も、足首に力が入らかったので、つま先を引きずって歩いていた。だから爪が伸びなかった。膝はX脚で、転びやすかった。

(これまでは、さして気にならなかった娘の歩き方、走り方が、保育園に入り多勢の子供さんに交じっての徒競走などでの姿を見ると、異常さが際立っていて、これはおかしいと思い、さっそく太田市内の整形外科で診ていただいたのでした。しかしレントゲンの結果、骨には異常なしで、「歩くくせです」と言われました。
でも納得がいかず、桐生市のR整肢養護園に行き、問診を受け、レントゲンをとりました。また日を改めて、東京からの先生にも診ていただきましたが、やはり骨には異常がないとの診断でした。「知恵の遅れもないようだし、痛みもないので、経過を見ましょう」と言われたのでした・・・        お母さん談)

腰は骨みたいに硬かった、だるかった、疲れやすかった、寝るときはいつもうつ伏せに寝ていた、手足はいつも冷たかった、走るときはいつもビリだった。小学校に入っても同じ状態だった。いつごろからか、O脚になってきた。小学校の校医からは「側弯症の疑いがある」と言われた、様子を見ることになった。
それでも母は、毎年、夏になると東京から来る先生のところへ連れて行ってくれ、診てもらっていたのだが、初潮を迎えた小学校5年背の時に、「どうせ行っても同じだから」と言ってやめてしまった。

問題は足ばかりでなく、小さい時からアトピーで悩まされ、特に冬になると、太ももの内側がひどくかゆくなり、血が出るほど掻いていました。そして小学校の高学年からは喘息が出るようになった。中学に入ってからも成長と共にX脚の歩き方が一段とひどくなっていった。
母に腰の痛み、疲れを訴えると、塗り薬を腰にすり込んでマッサージをしてくれた。その頃から、差別といじめにあうようになった。とても苦しく、本気で死にたいと思ったこともあった。友達も出来なくて苦しかった・・・。

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院長より

『母娘共に「治す」ことに熱心だった!』
娘のためにとお母さんも骨盤調整技術を学んで・・・

 新川智子ちゃんが、お母さんに付き添われて私の治療院へ初めて来たのは、平成11年9月7日でした。智子ちゃん、中学二年生の秋だった。小さい時からの足の動きが異常で、いろんな病院をまわって各種の検査をしたが、いずこも「骨には異常ナシ」という診断で、しばらく様子をみましょう、との答えが返ってくるばかりだったそうです。当然「よくなる」ことはない。そして、つまるところは、「原因不明だから、治す手立てがない」と見放されるのでした。それでもお母さんは「なんとかして、娘の悩みを解消させてやりたい・・・」

と必死であれこれ模索している時に、知り合いの人が、「骨盤調整という治療を受けてみたら・・・」と私のところを紹介したのだというのです。新川さん一家が住むのは群馬県伊勢崎市。私の治療院のある足利へは県を越えるようですが、当院は群馬県の桐生、前橋に通じる国道50号線に面するところにあって、県をまたぐといってもさしたる時間もかけないで来れるので、群馬県からの患者さんも結構多いのです。私は、初診できた患者さんには(以前に本誌で紹介されたように)骨盤調整・骨盤矯正の何たるかを、懇切に説明することにしています。まず治療法の本質を理解してもらうことは、それからの患者さんの治療に対する心構えがまるで違うからである。二人に問診で治療理論を説明した後、触診に移った。智子ちゃんの状況とお母さんのせつない思いがわかったのだから、それに応えて、

(なんとかしなければ・・・)

と思って状態を診たが、腹ばいにしてみた智子ちゃんの身体は、どこも硬く、そして冷たかった。十代半ばの娘さんの身体ではない。とくに両足首がひどく硬いのが印象に残りました。ともあれ調整治療をした。治療が終わると、智子ちゃん、身体が軽くなっている、それにぽかぽかと温かくなっている、と言い、驚いた表情をしていました。そして、智子ちゃんとお母さんの治療院通いが始まったのです。二人が通い出して一週間ほどたったとき、私はお母さんに、「ただ付き添ってきて、治療を漫然とみているだけではなく、お母さんもこの治療を覚えて、家で智子ちゃんを調整してあげると、治りがより早くなりますよ」と勧めたのであります。お母さんは当初、唖然とした顔をしていました。どこの治療院でも、自らの治療技術の一部始終を手取り足取り教えるところはないからで、それを私が指導すると言ったのでびっくりしたようでありました。

だが、そのことは私ばかりではなく、「この治療を教わりたい人は誰にでも懇切丁寧に技術指導をする」その精神を形にしたのが、会長先生が行っている「骨盤調整講習会」である。中には同業異種の治療師もひそかに習いにきているが、五味会長は意にも介さず隔てなく指導している。そうした講習会こそ骨盤調整の真骨頂ともいえるもので、裏返せば他に比肩しうるもののない治療法との絶対の自信があるから、誰にでも技術のノウハウを教えるのである。私もこの治療法に魅せられて講習会に通い、今日の自分があるのであり、他の治療をしていた人も骨盤調整・骨盤矯正に転向した例はいくつもあるようです。

お母さんはそんな私の話を熱心に聞き、自分もやってみようという気持ちになったようです。

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